「美輪明宏さんは一体何者?」という質問をして、正確に答えられる人は何人いるだろう。『心の嵐を青空に』(美輪明宏/家の光協会)のレビューを書くにあたり、「まずは美輪さんを理解せねば」とネット検索を繰り返したが、ついに何者か知ることができなかった。もちろん、シンガーソングライター、タレント、そういった経歴を追うことはできた。しかし、どこか人を超越した存在感を放つ美輪さんの源まではつかむことができなかった。「とにかくすごい人」という回答がきっと正解だろう。
本書は、月刊誌『家の光』に連載された「美輪明宏の人生相談」を再編し、又吉直樹さんとの対談を加えたものだ。悩める読者が人生相談をぶちまけ、美輪さんが回答者として、心の嵐を青空にするような回答をくださっている。
離婚して母子家庭になりましたが、貯蓄がありません
2度の離婚を経て、高三、中三、中一の3人の娘を抱えることになったお悩み相談者。2度目の結婚のとき、娘のための貯金を頭金にして家を購入したのは良かったが、結局夫に出ていかれてしまった。毎日の生活とローン返済に精いっぱいで、貯蓄ができない状況。3人とも好きな道へ進ませてやりたいが、お金を考えると、どうしてもできなくて困っているという。
これに対する美輪さんの回答は「家族に苦労を分け与えるべき」だそうだ。「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」。美輪さんが説く「正負の法則」によって、家を購入するという「正」を手に入れたら、それだけの「負」が訪れるのは当然。今は人生の緊急事態。母親としてではなく、女同士として、経済的なことや教育問題について冷静に話し合うことが必要と説いている。
夫を亡くしてから生きるのがつらく、毎日泣いています
およそ2年前に夫を病気で亡くしたお悩み相談者。本当にできた夫であり、お互いに愛し合っていただけに、夫を死なせてしまった自分が許せないらしい。もっと人を頼り、インターネットであらゆる情報を調べて、セカンドオピニオンを活用していたら…。そんな後悔が頭をよぎり、一周忌まで食事もまともにとれなかったそうだ。「悲しくて辛い生き地獄」と表現するほど精神的に参っている。
これに対する美輪さんの回答は、「とにかく今は辛いでしょうけれど、悲しみを和らげるのは無理なので、泣くだけ泣けばいい」だそうだ。そして先人たちの教えを知ること。それは、毎日を忙しくすることだ。肉体労働でも神経を使う細かい作業でも何でもいい。忙しくしていれば、悲しんでばかりはいられない。先人たちも相談者と同じような想いをしてきて、創意工夫をした結果、忙しくするという発想が出てきた。そうやって日々を乗り切ることで、少しずつ傷を癒していけばいいという。
優しい夫が浮気しています。どうすればよいですか
57歳のお悩み相談者は、同い年の夫が5、6歳若い女性と浮気をしていることに悩んでいる。しかし浮気を言い出せないのは、相談者が閉経してセックスができなくなったこと、そして今でも変わりなく優しい夫のせいだそうだ。今後の身の振り方を教えてほしいという。
これに対する美輪さんの回答が強烈だ。「あなたの場合、何が問題かと言うと、ご主人の排泄のことだけ。欲求が処理できないというのは、トイレのない家に住んでいるようなもの。だからご主人の浮気は、よその家のトイレを借りに行っていることと同じ。排せつ物がたまっているのに、家でできなければ、我慢できなくなるのは当然。したがって、相手の女性はライバルでもなければ、人間でもない。ご主人が排泄するための便所と思えばいい」。うーん…すさまじい発想だ。
美輪さんと又吉さんの対談
本書の最後では、豪華な対談が載せられている。今回はほんの少しだけ紹介したい。
又吉さんの父親は、もうめちゃめちゃだったらしい。酒飲みで、ギャンブル好きで、家に帰ってない。ベストセラーになった『火花』を読んだ美輪さんは、登場人物である神谷が、又吉さんの父親と重なったと指摘。又吉さんもそれに同意し、父親は罪の意識が全くなく、楽しそうにしているそうだ。そして一緒にいる母親も「父親はそんなもんだ」と肯定し、楽しそうにしている。そんな2人を見ていると、「俺の知識や感覚では届かへんな」と又吉さんは苦笑する。美輪さんはそれを聞いて「物事をすべて善意に捉える。私はそういう人が大好き」と答えている。
生きていると辛いことが起きる。そんなとき、神様が降りてきて「おまえはこうすればいいよ」「こう考えればいいよ」なんて言ってくれたら、今までの人生がどれほど楽だっただろうか。本書を読んでいると、私の望んだ神様は美輪さんだったのかもしれないと錯覚した。物事を達観し、常に正しい答えを導き出せる人は、きっと神様だ。だから私は美輪さんを神様だと信じる。美輪明宏は、とにかくすごい人であり、神様だ。
文=いのうえゆきひろ