なぜネコを抱くと人間はこんなにも癒やされるのか?
06.19 15:09『すべての猫はセラピスト』より
猫の飼育数が犬を逆転し、空前の猫ブームが訪れている昨今。ペットと一緒に入居できる老人ホームや、アニマルセラピーを取り入れる病院も増えている。犬と違い、飼い主の言うことなんて絶対聞かないのに、猫を抱くとなぜこんなに人は癒されるのか――。
セラピーキャットとして育てられた「ヒメ」を主人公に、認知症、統合失調症、知的障害などを抱えた人に寄り添う猫の癒やしの謎に迫った『すべての猫はセラピスト 猫はなぜ人を癒やせるのか』より、ヒメのセラピーの様子を紹介する。何もできないのがいい
猫は調教できず、トレーニングが苦手な動物である。ヒメのようなプロのセラピーキャットは珍しいが、アニマルセラピーの場で猫に求められるのは、訓練によって習得する技能や犬のように指示に従う行為ではない。
たとえば、飼い主の小田切敬子が訪問している精神科クリニックでは、ヒメに「お手」や「お座り」をさせてもあまり歓ばれないという。
「せっかくできるので見せたいし、ヒメもそんなに嫌々やっているわけではないのですが、『もうしなくていいのよ、猫も大変ね』って(笑)。猫は静かに抱かれていたり、そばで好きなようにやっている感じがいいみたいですね。
うつ病などの精神疾患の人たちは、何かをしなさいと言われるのが苦痛なので、猫が好きなようにやっているほうがリラックスできる。自分に投影したときに、本当は自分もあんなふうに好きなようにして生きていきたいという思いがあるのでしょう」
犬も小型犬なら抱くこともできるが、体のしなやかな猫とは抱いたときの密着度が違う、と小田切は語る。
「体に不自由なところがあっても、猫は柔軟に対応できる。車椅子の方の膝の上に、犬はきちっと乗せられなくてうまく抱けないことがありますが、猫の場合はそういう心配をほとんどしなくてよい。猫はどんな体勢も可能なので、膝の上でなくても、胸に真っすぐ縦に抱くこともできます。
セラピーキャットのヒメ。しなやかな猫の体はどんなセラピースタイルにも対応できる
うまく指先を使えなかったり、力加減ができない人が猫の体をつかんで引っぱっても、猫は皮が伸びるだけで痛がらないから、人の行動は脅威になりません。しかし、犬には苦痛が伴うはずです。また、猫は犬に比べてにおいがなく、清潔感があることも特性のひとつですね」
訓練が苦手で、ただそこにいて、好きなようにしていればよいとされる猫は、天性のセラピストといえる。アニマルセラピーに参加する猫にかぎらず、すべての猫はセラピストである。
猫は人間のセラピストのように悩める人の話を傾聴し、言葉で支援できるわけではないが、人のそばにいて共に感じ、共に悲しんでくれるように思える。
医師なら薬で、カウンセラーなら言葉で癒やすであろうが、猫の癒やしは抱くともなく抱かれ、うちひしがれている人にひたすら寄り添っているだけ。猫はただ、あるがまま、ここにいるだけでよいと、自分に代わって肯定してくれる存在だ。死にゆく子どもに寄り添って
猫はトレーニングができないといわれているが、ヒメは特別である。「待て」と指示すれば、動きを止めてじっとしている。「座れ」と言えば、機敏な動作ではないが、おっとりと、おもむろに座ってみせる。
「待て」「座れ」の指示に対応することができれば、何かあったとき、とっさに言葉で抑制が可能だ。だから小田切は毎日、ヒメに餌を与えるときに訓練している。「お手」も、百発百中ではないが、ゆっくり手を差し出す。ヒメはやはり普通の猫ではない、セラピードッグならぬ、プロのセラピーキャットなのである。
小田切が連絡をとると、ヒメと同じ7歳の女の子で、難病と脳腫瘍のために余命があまり残されていないという。親は猫を飼うことも考えたが、子どもが亡くなったあと猫が残されることになるので、キャットセラピーを頼むことに決め、インターネットでヒメにたどり着いたとのことだった。
すでに非常に危ない状況で、ひょっとしたら間に合わないかもしれないと聞いた小田切は、必要書類などは後回しにしてもよいから急いで行きます、と伝えた。ところが、入院先の大学病院の許可がまだ下りていないという。患者をいったん家に連れ帰り、そこでセラピーをしてはどうかという案が出された。
そんな危ない状況で帰宅するのは、リスクが高すぎる。緊急時に対応できないので、セラピーは絶対に病院でしたほうがよいに決まっている。病院には独特のにおいや雰囲気があり、ヒメは慣れているのですぐにセラピーモードに入れるけれども、普通の家を訪問し、はたして長時間身じろぎせずにいられるだろうか。小田切は自信がなかったので、病院でさせてほしい、病院なら行く、と答えた。
結局、担当の医師が了承し、看護師たちも承知のうえで、小田切とヒメは病棟を訪ねた。最後のふれあい
午後1時少し前に小田切が病室に入ると、中はかなり狭く、ベッドに寝ている小さな子を10人近い人が取り囲んで立っていた。小田切は患者の足元から奥に回り、白衣を被せたケージをそっと床に置いた。呼吸器や計器類の機械音が耳につく。ヒメはおびえるかもしれないが、これまでにもいろいろな音の経験はしていた。
女の子の両親と、中学生ぐらいの姉と兄が、小田切とヒメの場所を空けるために部屋の隅のほうへ移った。患者の顔の両側に看護師がひとりずつ立ち、まだ若い主治医が少し離れて入り口付近から笑顔で見守っている。ほかには、キャットセラピーを依頼してきたボランティアグループのふたり。
簡単な挨拶を済ませた小田切が、ケージを包む白衣をめくってヒメを小声で呼び出す。胸に抱きかかえると、その場にいた人たちから「おっ」と驚いたような溜め息が漏れた。
実は、生きた猫が病室に来るのは無理かもしれないと思ったボランティアグループが、真っ白い猫のぬいぐるみをプレゼントしていたのだ。
ボランティアの人たちはヒメと会ったことなどなかったから、本物の白い猫は驚きを呼び、誰かが「この猫ちゃんが来るのは必然だったのですね」と言った。女の子とヒメが同じ年齢であることも、また偶然の一致だった。
本人はたくさんのチューブにつながれていて、ベッドの上はヒメが乗る場所もないほど。看護師がそのうちの一本を抜いて、「ここに置いていいですよ」と言う。
子どもの左の肩口から少し下がったところに、小田切はヒメをそろりと降ろした。視力もかなり衰えているようだったので、小田切はできるだけヒメを近づけようとしたが、やはりチューブが邪魔していた。
「ほら、本物の猫ちゃんよ。わかる? 来てくれてよかったね」
母親が娘の顔を覗き込みながら話しかけた。
言葉は返ってこないが、眼をぱちぱちさせている。まばたきが精いっぱいの応答なのだ。
小田切は寄り添う家族の邪魔をしないように、少し下がってしゃがみ込んでいた。ヒメは状況を察知し、セラピーの対象者とそうではない人間を区別できるので、患者には何も悪いことをしないだろうが、取り囲んでくる人たちを引っかいたり逃げ出したりしないかと心配しながら。温もりを感じながら
しばらくしてから、もっとしっかりふれあえるように、ヒメを女の子の左腕の内側、脇の下のほうへ移動させた。小田切はヒメが腕枕をしてもらって一緒に寝ているような感じにしたかったのだが、やはりチューブに阻まれてうまい具合にいかなかった。それでも、点滴をしていて動かせない腕を看護師が支え、手でヒメを触れるように調整した。
この子はいま、手と腕と脇腹で猫を、その毛触りや温もりや鼓動を感じているはずだ。
「昨日はこの時間に寝ていたのに、今日はずっと起きていますね」
「状態もすごく安定して落ち着いていますよ」
「きっと猫ちゃんが来ているせいだよね」
と看護師たちが、患者の顔とモニターに表示されている波形や心拍数などの数値に眼をやりながら家族らに話しかける。
母親が娘の耳元で、「猫ちゃん、かわいいね」と、また話しかける。すると、眼をぱちっと――。
「あ、返事してる、返事してる」
看護師がモニターの波形と数値の変化を見ながら告げる。「わかってる、わかってる」と。
意識がほんの少しあるだけ、返事はできず、眼だけの応答だが、ぴったりふれあっている白い生きものの存在を感じているのがわかる。
おとなしく飼い主の膝の上に座るヒメ
残された時間はあっという間に過ぎる。ボランティアのひとりが「写真を撮りましょう。先生も前へいらしてください」と勧める。主治医は「僕はいいです、いいです」と、終始にこにこしながら患者たちの様子を後方から眺めている。
予定どおり1時間、ヒメは女の子とふれあって過ごした。猫らしく前足の先を丸く折りたたんで座ったまま、いわゆる香箱を作る姿勢を保ちつづけた。
女の子はときどき眼をぱちくりさせながら、最後まで眼を開けていた。
別れ際に小田切は、「ご連絡いただいたらいつでも来ますよ」と伝えた。しかし、ほどなくして女の子が亡くなったという便りがあった。
ほんの1時間ではあったが、猫と遊びたいというささやかな願いはかなえられたのではないだろうか。引用元
セラピーキャットのヒメは、白猫のメス。アニマルセラピーを実践する飼い主に、セラピーキャットとして育てられてきた。ヒメを撫でると、病に苦しむ人が笑顔を見せる、名前を呼ぶ。ヒメも自分から患者の膝に乗っているようなのだ――。
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