- 山本 譲司さん (作家)
宮本 節子さん (大妻女子大非常勤講師)
山田 賢治キャスター - 河野 多紀さん
搾取される知的障害の女性たち
(VTR)
「熱いので気を付けて下さいねー」
東京 池袋。
ホームレス支援団体の炊き出しです。
この日集まったのは300人。ほとんどが路上生活を送る男性たちです。その中に一人の若い女性の姿がありました。
女性:カロナール(頭痛薬)飲んだんだけど効かなくて。首が後ろに引っ張られるの。
この日、支援者に不安を訴えていました。仕事が見つからず、街で声をかけてきた男性を頼るしかなかったという彼女。これまでだまされ続けてきました。
ディレクター:こういう所では寝てない?
女性:寝てないです。漫画喫茶とか。あと人の家とか、知り合った男の人のところへ行ったり。で、変なことされたり。
ディレクター:嫌とは言えなかった?
女性:言えない。
一見分かりませんが、彼女には軽度の知的障害があります。何度か外国人と結婚させられた事もありました。滞在資格を得るための偽装結婚だと見られています。
ディレクター:外国の人は結婚しようと言ってきたの?
女性:うん。
ディレクター:無理やりだったの?
女性:うん。
ディレクター:一緒にアパートに住んだ?
女性:ちょっと。
ディレクター:まだ籍は入った状態?
女性:うん。探してるけど、いるか分からなくてもうおしまい。
現在は生活保護を受けて、アパート暮らしを始めたという彼女。しかし、このように支援の手が差し伸べられる女性は少ないといいます。
支援団体
代表:(女性は)見つけづらいですね。見つけづらいし、危険だと思っているから身を守っているし、外で寝てると、なんていうか…道行く男性が買うっていうか。ラブホテルに1000円で買うみたいな話が本当にあって、外は危険なんですよね。だから女性が野宿するのはすごい危険で、本人たちもそれをわかっているから、野宿しないことを選ぶわけですね。
行き場を失った女性がたどりつく場所。その象徴が性産業だと考えられています。東京で20年間、風俗店などのスカウト業をしている男性。住まいを提供する事で女性たちを取り込んできました。中でも、軽度の知的障害がある女性は、魅力があると言います。
スカウトの
男性:使いやすいっていうか、悪く言えばだましやすいみたいな。50万くらい入ってきて、3万くらいで(危ない)仕事とかやらせたこともあるし。普通の女の子だったらいろいろ質問してきたりするけど、そういう(障害のある)女の子たちって文句一切言わないから。それが一番の魅力ですね。
だまされても、助けを呼ぶすべも知らない彼女たち。支援につながらない軽度の知的障害の女性は、数万人とも数十万人ともいわれています。
なぜ彼女たちは見過ごされてきたのか。
これまで知られる事のなかった実態と課題を考えます。
「夜の世界しかなかった」知的障害の女性
(VTR)
東京郊外のある繁華街。
20代のアミさんです。
2か月前まで風俗店で働いていました。
アミ:あれ、あそこ。あっち側。
奥の看板、ピンサロ。
ディレクター:どういう仕事をするの?
アミ:ぬきの仕事だよ。
アミ:療育手帳と、前の携帯。
アミさんには軽度の知的障害があり、障害基礎年金を受けています。複雑な情報の理解やお金の管理が苦手です。
アミ:(店で着る衣裳の丈は)短い、短い、ほんっと短い。
これまで、胸を触られるキャバクラやデリバリーヘルスなど、性的なサービスを行う店で働いてきました。
アミ:普通におさわりがオッケーだから、胸出したりとかして触ったりとか。お客さんするよ、普通に。そういうお店だからしょうがないんだよ、おっぱぶだから。
ディレクター:平気なの?
アミ:それはしょうがないよね。
もともと普通の仕事に就き、幸せな結婚を夢みていたアミさん。しかし、現実は違いました。
アミ:お金がなかったら生活もできないし、食べていけないからそうするしかないし。
夢に向かって頑張ってたのに、夢が崩れたみたいなね。何もかも人生おわったんだなみたいな、夢から絶望にかわっちゃったみたいな。
小学生の頃から勉強についていけず、高校は障害者のための特別支援学校に通いました。家庭は貧しく、両親が酒を飲んでは ケンカを繰り返す毎日。アミさんは暴力を受け続け、家に居場所はありませんでした。
アミ:夕方学校から帰る時、こういう(幸せそうな)家族いいなみたいな、窓から見えたりとかするんだ。超うらやましい、うちと比べたらみたいな。そんな感じ。
高校を卒業後、障害者雇用枠で地元の弁当工場に就職。しかし、作業は一般社員と同じでした。初めは単純な作業が多く、なんとかついていけました。しだいに難しい仕事が回ってくるようになり、3年後限界をこえ、ついに出社できなくなりました。
アミ:超ストレスたまってたもん。自分になんかイラついてたよね。イラつきがたまってたから、普通に。だから人に八つ当たりとか、バーッとかしてた。友達とかにも八つ当たりだよね。謝るのも「どうもすいませんねー」みたいな。「自分こんなんじゃダメかー」と思ったけど、治んないんだよね、治そうとしても。
「気持ちを吐き出せばいいだろう」って言われるけど、いや無理だよって、はきだせないよって。自分で心の中にしまってた。ははは。
とうとう会社を解雇され、収入も住まいも失いました。そんな彼女に声をかけてくる男性がいました。風俗店のスカウトマンでした。
アミ:スカウトの人には「家も住むところないんで」って言ったら、「じゃあ住む場所を確保して、仕事を紹介してあげるね」って言われて。紹介されて、そこから(風俗店の)寮生活がは始まった。その時は一番うれしかったけど、あとになってくると、だんだん優しさが一転と変わったから、普通に。
その男性は部屋の保証人代として、毎月5万円をアミさんに要求。しかしそれは、本来払う必要のないものでした。契約書の内容を理解できなかったアミさんは、だまされている事に気付きませんでした。次第に要求はエスカレートし、障害年金も奪われました。しかし、逃げる事もできませんでした。
アミ:断ったら断ったで、何されるかわかんないし。「大阪にとばして帰ってこれなくするぞ」とか、脅されてたから。だから自分を守るためにも「あっ」みたいな感じ。消し去ってる。
こうした生活を続けて2年。現在は支援者と出会い、男性から逃れる事はできました。しかし、今後の生活の見通しは立っていません。
“見過ごされる”知的障害の女性たち
(VTR終了。スタジオでのトーク)
山田:今日は、これまで知られる事のなかった実態を取り上げていきます。取材に当たった林原ディレクターです。今、VTRにあったアミさんですけれども、一見、知的障害のあるようには見えなかったんですが。
林原:本当にそうで、私もあるという事をおっしゃって頂けなければ分からなかったかなと思っていまして。最初の印象は、本当にかわいらしい女性の方で、お話もとても弾みますし、言葉もたくさん知ってらっしゃると。だから個性かどうか見分けるというのは、本当に難しいんだなという事は感じました。
山田:今はどうしてるんでしょう。
林原:今回取材の過程で、実は最初何も困ってないという事をおっしゃってたんですけども。どんどんお話を聞くうちに、どうやら搾取の対象になっているかもしれないという事が分かってきて。それで今は支援者の方とつながって、という状況なんですけど、まだこれからお仕事とかお住まいをどうするかというのは全く見えていないので、まだ本当に渦中にいらっしゃる方ですね。
山田:ではここからは、ゲストの方を招いてお話を伺っていきます。
まずは障害者福祉の問題について詳しい、作家の山本譲司さんです。よろしくお願いします。
そして40年間、知的障害者の福祉、女性支援に携わってこられた、宮本節子さんです。よろしくお願いします。
そもそも知的障害とはどういった障害なのか。こちらで見ていきたいと思います。
知的障害というのは、知能指数と日常生活能力を基に判定されて、最重度から軽度までこのように区分されます。今日注目するのは、この軽度の知的障害についてです。山本さん、軽度の方たちというのはどういう問題を抱えているんでしょうか。
山本:今の日本の障害者福祉というのは、どうしてもね、この最重度、重度、中度の人への支援に重きを置いてる。というのも、例えば最重度、重度の人たちに食事介助をする、あるいは入浴の介助をする。こういう事業者に対しては加算をされていく訳ですね。ところが、日常動作の上でほとんどハンディキャップのない軽度の人たちについては、ほとんど予算がつかないというのが現状なんですね。従って、福祉事業者もどうしても最重度の人たちを支援対象としがちだし、またそういう人たちに合った支援メニューしか用意されてない。
山田:宮本さん、いわゆる健常の方と軽度の知的障害の方と…ここですよね。非常に境が曖昧だと。
宮本:先ほどのアミさんの例でよく分かるように、彼女はすごく語彙が豊富だし、だけれども、難しい問題をきちんと自分の生活に引き寄せて理解する事ができない。従って、5万円も毎月だまし取られている事も、だまし取られているという認識には至らないで取られっ放し。でも、乱暴された事は分かるという形ですよね。なので、軽度の知的障害のある人たちの場合は、ややこしい人間関係をうまく自分で調整して生活したりとか、金銭管理をきちんとしたりとかいう日常生活で普通に持っているスキルがうまく獲得できなくて、そこのところで支援が必要だっていう人たちが多いんじゃないかなと思う。
山田:それでは、軽度の知的障害の女性特有の問題をちょっと仕分けして見ていきたいと思うんですが…。
(家庭・地域等での支援を失った場合)
山本:まず申し上げておきますけど、必ずしも軽度の知的障害者だからこのルートに乗るという話では、決してない訳ですね。貧困だとか、あるいはすさまじい親からの虐待を受けてるとかね、非常にやっぱり劣悪な環境の中で育ってるんですね。従って、性風俗のあっせんをするような人たちが言葉巧みに彼女らに近寄って…。それこそ、自己肯定感みたいのをあおっていく訳ですよね。「あなたはすばらしい」と。そこで ある意味くすぐられる事によってね、そこしか居場所がなくなるという事ですが、ただし、いやいややっている人もいる訳でね。でもここよりも、よりましな所がないのかと。そこを用意できない福祉、あるいは地域社会というのは一体何なのか。そこが問題だと思いますね。
山田:では、こうした女性たちをどう支援していったらいいんでしょうか。ある施設を取材しました。
傷ついた知的障害女性 支援の現場
(VTR)
3年前、施設に保護された30代の足立綾子さん。今、施設を出て暮らすための訓練を行っています。
スタッフ:ここがキュウリで、ここがハム。ゆっくりで大丈夫、ゆっくりで。
知的障害がある足立さん。料理の段取りなど、同時に複数の事をするのが苦手です。スタッフと手順を一つ一つ確認しながら、繰り返し練習しています。
スタッフ:だんだんだんだん速くなっていった気がします。3ヶ月練習されて。最初は「次どうするんですか、次どうするんですか」って感じだったんですけど、慣れたら職人のようです。
足立:おいしい。
スタッフ:久しぶり?
足立:おいしいです。本当に。
スタッフ:よかったですね。
今では明るい表情を見せていますが、保護された当時は衰弱し、心を閉ざしていました。小学校から授業をほとんど理解できず、高校に進学できなかった足立さん。しかし両親は障害を認めず、努力不足だと責め続けました。何をやっても認められず、劣等感にさいなまれる日々。
そんな時話を聞いてくれたのが、出会い系サイトで知り合った男性でした。その男性と暮らし始めた足立さん。しかし男性はギャンブルの借金を負わせた上に、暴力を振るうようになりました。
足立:お尻を足で叩かれたり、突き飛ばされたり。すねの部分を切られちゃって、ぶちっと。結構DVがありましたね。本当に別れたかったです。もう体も限界、精神的にも限界で。でも家には帰る場所もないし、居場所もないし。私の居場所ないんだから、しょうがない。ここでずっと暮らすしかないと思ったんで。
無一文になってしまった足立さんは家を追い出され、路上生活をしていたところを保護されたのです。
婦人保護施設では傷ついた女性を危険から守り、安心して暮らせるよう心と体のケアを行います。この施設では利用者の半数に知的障害があり、一人一人に応じた支援に力を入れています。最も大切なのは、自分は駄目な人間なんだという意識を変え、自信を取り戻す事だといいます。
スタッフ:彼女がご本人で書いてこられた目標と、短期の計画の振り返りをしたところです。
ここではまず、本人に自分の目標を書いてもらいます。
歯磨きやお風呂をちゃんとやる事、規則正しい生活と食事をとる事。自分で考え、自分の言葉で書く。それが意欲を引き出すと考えています。
スタッフ:ご本人の書いたこの1枚が、ものすごく効果を発揮しました。(足立さんが)目標を見失ったんことがあったんですけど、この自分が決めた順番の「1番はできました、2番もできてました。あっ、私ここまでできてました。けど、この3番ができていないです」「じゃあ、この3番をこれから一緒にやっていきましょう」っていうふうに決めて、彼女は「分かりました」というふうに落ち着かれたんです。
前施設長:人が書いたものはひと事なんですよね。でも自分の事なので、自分で書きましょうっていう事で書いたのがこれなんですけど。これはね、ご本人の努力もあるんですけど、本当に思いがけない力を、皆さん出しますよ。
足立さんが書いた目標は「健康で働きたい」でした。
その希望をかなえるために、スタッフは障害者が働く作業所を回り、彼女に合った仕事を探しました。清掃や部品の組み立てなどを体験し、足立さんはお菓子の箱作りを選びました。わずかでも自分の力で収入を得る。真面目に働いて周りからから信頼される。少しずつ手応えを得ていきました。
足立:今までは仕事ずっと嫌だったんです。でもここで働き始めてからすごく楽しいです。楽しいです、本当。自分が頑張ったからお給料もらえるのは、すごく嬉しいんですね。
そして1年がたったある日、足立さんの中で大きな変化が起こりました。街で声をかけてきた男性がしつこく交際を迫ったため、スタッフ同席で話し合いが行われました。これまで男性の言葉に流されてきた足立さん。しかし、心配するスタッフの前できっぱりと言ったのです。「私は仕事を一生懸命やるって決めてるんです。邪魔しないで!」。初めて、自分の意思を貫くことができたのです。
前施設長:びっくりしました。まさかそんなセリフが出てくるとは思わなかったから、びっくりした。一番思うのは、やっぱり人って変われる。変わるのはご本人の力であって、それを私たちがどう見ながらサポ-トしていくかという事の表れであって、それはいろんな方が、いらした時と比べたらみんな変わっていきますね。自信を持った時から変わっていきますよ。
成功体験を積み重ね、自立する力を身につけてきた足立さん。
スタッフ:ゴミ袋もね。
足立:はい、ゴミ袋も買いました。
苦手なお金の管理にも積極的に取り組んでいます。間もなく施設を出て、支援を受けながら地域で暮らし始める予定です。
足立:自分に少し自信が出たかなみたいな感じはあります。今は信頼してる人がいっぱいいて、応援してくれる人もいるんで、私は仕事をしながら支援員さんたちと一生懸命、一緒に成長していきたいかなと思います。
軽度の知的障害 地域でどう支える?
(VTR終了。スタジオでのトーク)
山田:宮本さん、自信を持つとここまで変わるものなんですね。
宮本:変わる場合もあるという事ですよね。つまり、彼女の場合は自分でも考えるようになったし、考えるいろいろなヒントを与えられて、それが うまく彼女の胸に落ちて、こう生きていける、自分はこんなふうに生きる事ができるんだっていう先が見通せるようになった。その事が彼女を変えていったんだろうと思います。社会ときっちりつながっていられる。それを実感できる事ってすっごく大切だと思うんですね。
山田:何か例ってありますか。
宮本:ある朝ですね、電話がかかってきたんですね。
「宮本さん、更新できたよ、更新!」。
山田:更新? 何の更新ですか。
宮本:私もとっさには分からなかったんだけれども、「あっ、そうか、家賃の更新ね」。
その人はずっと施設をあちこち回り回って、グループホームを体験して、1人でアパートを借りて生活できるようになった。2年頑張って更新できた。その喜びたるや…すごい喜びと、そして2年頑張れた自信っていうのは大変なものなんですね。
ただそうなっていくためには、いろいろな人たちに助けられないと、その生活は維持できないと思います。
山田:地域で生きていくためには、ずっと長い支援というのが大事になると…。
宮本:いろんな人たちが、ヘルパーさんだとか保健婦さんだとかソーシャルワーカーだとか、それから元いた施設の職員とか、複合的にいろんな形でその人のために組み立てられないと、うまくいかないという事だと思います。
今回番組には、現場の支援者や当事者の方からもたくさんの声が寄せられました。
『特別支援学校で教員をしています。軽度の生徒の中には「私は障害者ではない」と話し、療育手帳の取得を嫌がる子もいます。しかし就職は障害者枠なので、療育手帳を取得しなければいけません。比較的理解ができる軽度の子にとっては、辛い現実なのかもしれません』
『知的障害による判断力・倫理感の欠如、または性衝動を抑制するのが困難であるというのは誤りです。私が出会ったグループホームに住む女性で、出会い系サイトを通じて男性と関係をもつことを繰り返す人がいました。話をしていくうちにだんだんと人懐っこさを見せ、求めているのは性的な関係等ではなく、こんな当たり前の人との触れ合いであるということを強く感じました』
『私は知的障害ですが、見た目は普通ですが、お店に入ったら、お前に売るものはないといわれ、入店拒否されたりしました。差別が多すぎですよね? 仕事も今は、夜の仕事をしています、普通の仕事は、ないので、ても不安です、』
宮本:とかく、性産業に巻き込まれる女性に対する偏見っていうのがあると思うんですね。だらしがないからとか批判的な目で見る人がいるかもしれませんけれどもでも、やっぱり人は人一人だけでは生きていけなくて、人によって支えられながら生きていく。その支えられる場が、たまたま性風俗が一番マッチングしてしまう。そういう社会っておかしいというか、そうじゃない社会を私たちは作っていかなきゃいけないんじゃないかなと思うんですね。
山本:やっぱり福祉の方の意識も変えなくてはならない。これまでともすれば…そりゃ福祉の現場も
大変なんですよ、かつかつの予算の中でやって。しかしそんな中で、どうしても支援対象者に対して既存の制度の枠組みに適応するように求める訳なんです。そうじゃなくて、彼女ら彼らのニーズに合わせてフレキシブルに対応する事によって、こういう福祉のはざまに落ちてしまった障害のある人を支援をする事によって、現場の皆さんのね、福祉的な支援のスキルもアップすると思うんですよね。
山田:この問題、私たちは継続的にこれからも取材していきます。
今日はどうもありがとうございました。
※NHKサイトを離れます