ざっくり言うと
- 自然体になる保健室でしか知り得ない現代の子供たちの姿を伝えている
- ネットで繋がり親しくなった男性を彼氏と呼び、実際に会うなどのネット依存
- また、いじめに遭い仲間外れにされマスクに救いを求める子供もいるという
LINEいじめでマスク依存に…保健室で知る子どもたちの闇
今どきの子どもの姿を知ろうと、2010年から継続的に各地の保健室を取材してきた。本稿では、昨年度に東京と大阪の公立中学校の保健室で見聞きした実例を紹介する。登場する養護教諭はいずれもベテランの女性だ。保健室には、ここでしか知り得ない子どもたちの姿が確かにあった──。
■インターネットの世界で知り合う「彼氏さん」
大阪の中学校の保健室に、「のどが痛い」と3年生の女子が来室した。次の授業が体育だったため、保健室で安静にして過ごすことになった。
養護教諭が彼女に最近の生活ぶりを尋ねたところ、ちょっとうれしそうに話しだした。
「ツイッターのアカウントを20個持ってるんですけど、人気アニメのイラストを描いてツイートしたら、夜中じゅうずっとリツイートのお知らせが鳴り続けて眠れないし、怖くなっちゃいました」
そんなところから体調を崩したらしい。学校生活以外はインターネット漬け、つまりネット依存の状態だ。
「夏休みは3日しか外出してない」ほどパソコンの前を離れず、互いに本名を知らないネット上の友達が多く、実際に会ってもいるという。
彼女が教室に戻っていくと、養護教諭は私に「ああいう子が今、すごく多いんです」と、別の例を挙げてくれた。
真面目なグループに属するある3年女子は、校内に交際している男性はいない。だがあるとき、保健室で雑談をしていると、「こないだ生理痛で倒れそうになったときに『彼氏さん』が支えてくれた」と言いだした。
養護教諭がさりげなく「彼氏さんってどんな人?」と聞くと、やはりネットでのつながりだった。彼女は特定のアニメのファンが集まるサイトにはまり、そこで親しくなった男性が遠方から訪ねてきて付き合うことになったのだという。会うまで年齢も知らなかったが、10歳ほど上。彼氏に「さん」をつけるのは、まだ微妙な距離感があるからかもしれない。
養護教諭は「今の子どもたちは、学校で見える交友関係とは全く違う世界を持っているんです」と言う。
この「違う世界」は、子どもが自然体になる保健室以外では、なかなか見えない。子どもがネットを介して周囲の知らない誰かと付き合っているのに、親が感知していない場合、自分の身を守れるようにするために「避妊に100%はないで」といった個別の性教育をしているという。
男子にも、ネット依存の子はよく見かける。
東京の中学校では、ゴホゴホとせきこみながら来室し、ベッドに横になるや寝息をたてだした1年男子がいた。しばらくして目を覚ますと、「昨日は朝4時までぶっ通しでゲームしてた。6時には起きたから2時間睡眠だよ」と話した。
彼がはまっているのは、スマホ(スマートフォン)のオンラインゲーム。寝床にも持ち込んで、眠りに落ちるまでゲームに没頭しているという。
養護教諭は子どもの話を聞いて、ただ頭ごなしに叱るということはしない。まずは訴えを受け止め、行動の背景に潜むSOSを探っていく。
彼の場合はじっくり接するうちに、親の虐待が絡んで夜になると目が冴え、ネット依存を加速させているらしいことが徐々にわかってきた。その情報を他の教師らと共有し、子どもの本当の苦しさを軽減させるべく働きかけていくのが、養護教諭の役割なのだ。
■LINEいじめで“マスク依存”に
インターネットの普及により、学校生活とネットが地続きになっている面もある。
東京の別の中学校の保健室では、ネット上でのいじめからマスク依存になった女子の話を聞いた。
いじめの加害者が、「スクールカースト」と言われる生徒同士の力関係で上位の子に働きかけ、クラスのLINEグループから被害者である女子を一方的に退会させたのだ。
子どもたちの間で「LINE外し」と呼ばれる、よくあるいじめの手口だ。この女子のケースでは、仮想空間の教室でクラス全員から仲間外れにされるようなもので、大人が想像する以上にダメージは大きい。
女子は仲間外れにされるだけでなく、他人のふりをした「なりすましメール」で、「死ね」などの罵詈雑言や、悪意ある画像を送りつけられるという攻撃を受け続けた。彼女は正体の見えない相手への不安から、昼夜問わずスマホから離れられなくなった。
そして、教室でマスクを外せないマスク依存の状態に陥った。
マスクをしていては給食も食べられないので、保健室へやってくるようになる。そんな流れから養護教諭がいじめに気づいた。ネットの世界に潜り込んで大人からは見えづらいいじめは、ようやく解決へと向かうことになった。
食事時でさえ外そうとしなかったこの女子の例ほど極端ではないにせよ、マスク依存の生徒はどこの学校へ行っても目にするほど、ありふれた存在となっている。花粉症や風邪、インフルエンザの季節に関係なく、一年中、マスクを手放せない子たちだ。
竹内和雄・兵庫県立大学准教授が今年、関西の公立小中学校に勤める養護教諭166人にアンケートをしたところ、マスク依存の生徒が「いる」と答えた割合は、中学校では90・6%にものぼった。
学校現場では「生徒の自信のなさの表れ」と受け止められている。つまり、何らかの苦しみを抱えている子の可能性が高い。登校してからつける子たちもいる。彼らは、親の知らないところでマスクに救いを求めているのだ。
保健室は今、家庭に居場所のない子どもたちの最後の砦になっている。そんな実態を『ルポ保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』(朝日新書)で紹介した。養護教諭の生徒への接し方には、大人が子どもを尊重し、育んでいくヒントがたくさんある。(ノンフィクションライター・秋山千佳)
※週刊朝日 2016年9月2日号より抜粋
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