あなたの死後に残されたデータの処理どうする?
07.11 17:30ダ・ヴィンチニュース
スマートフォンやパソコンには、持ち主のプライバシーが詰まっている。恥ずかしい画像や文書、SNSの裏アカウント、メールの履歴。もしあなたが死んだら、秘密のデータが遺族や友人の目に晒されてしまうかもしれない。そうなる前にデータを消せるとしたら、あなたは削除を頼むだろうか……。
本多孝好
ほんだ・たかよし●1971年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。94年「眠りの海」で小説推理新人賞受賞。99年、受賞作を収録した『MISSING』で高い評価を得る。『MOMENT』『WILL』『at Home』『ストレイヤーズ・クロニクル』『魔術師の視線』『君の隣に』『Good old boys』など著書多数。
本多孝好さんの新作『dele ディーリー』は、そんな「死後の記録(データ)」をめぐる連作ミステリー。坂上圭司と真柴祐太郎、ふたりが請け負うのは、死後誰にも見られたくないデータを依頼人に代わってデジタルデバイスから削除する仕事。依頼人のスマートフォンやパソコンが起動しないまま一定期間が経過すると、所長である圭司のノートPCに信号が届く。車椅子の圭司に代わって所員の祐太郎が依頼人の死亡を確認したのち、圭司がデータを削除すれば任務完了だ。
こうした“デジタル遺品”をめぐるサービスやソフトは、現実にも存在する。それだけ死後に残されたデータの処理は、我々にとって切実な問題になっていると言えるだろう。
「文章、写真、メールのやりとりなど、私たちは日常的にデータを残しています。そのため、どんどんきれいに死ねなくなっていると感じています。自分の死後を考えても、残したいデータはあまり思い浮かびませんが、残したくないものはたくさんあります。私は作家という職業柄、自分の履歴を小説という形で残しています。作品に転化できなかった文章も、のちのち何かに使えるかもしれないので残しておきますが、それは誰にも見せたくありません。私が死んだ後、この文章はどうなるんだろうという思いは常に抱いていました。また、最近は『Googleフォト』のように、スマートフォンで撮影した画像を自動的にアップロードするサービスも普及しています。こまめに画像を整理する人もいますが、撮ったら撮りっぱなしでそのまま残しておく人も多いでしょう。それらを5年、10年経ってから見返すと、自分でも『なんでこんなものを撮ったんだろう』と不思議に思うはずです。本人にもよくわからないものも含めて、自分のデータとして残ってしまう。このまま私が死んだら、残された記録から自分のあずかり知らないストーリーを作られてしまうかもしれない。記録の量があまりに多すぎて、記憶を塗りつぶしてしまうのではないかと思うと、恐怖とは言わないまでも違和感を覚えます。それを小説に書いてみたいと思いました」
とはいえ、この作品はすぐに完成を見たわけではない。しばらくの間、アイデアを寝かせていたという。
「書き始めた時にはうまくいかず、しばらく放置していました。そんな中、ある方から映像作品の企画を出してみないかとお話をいただき、書きかけの物語を掘り起こしてみたんです。映像化を前提に考えたところ、この物語が新たな角度から見え始めました。単純に言えば、主人公を変えたのです。当初は所長の圭司を主人公にしていましたが、それでは映像化するのが難しい。そこで所員の祐太郎を主役にしたらどうなるかと考えたところ、物語が動き始めたんです。残されたデータを前にした時、圭司は考え込んでしまいますが、祐太郎はまず動く。『あ、これは死者の遺した記録について思いを巡らせる物語ではなく、死者の遺した思いが生きている者を動かす物語なんだ』とわかりました。映像化は決定し、映像には映像のための、小説には小説のための物語を書き始めました」価値観の違うふたりが死者のデータと相対する
死後にデータを削除するといっても、パソコンのキーボードを叩いて終わり、とはいかない。まず依頼人の死亡を確認する。もしデバイスの電源が落ちているなら、そのありかを探し、遠隔操作できるよう一度起動する。圭司と祐太郎は、その過程で依頼人の秘密を覗き込むこととなる。
作中で描かれるのは、5つのケース。悪事から足を洗い、再出発しようとしていた青年はなぜ殺されたのか。資産家の老人がパソコンに保存していた画像、そこに映っていた白いワンピースの女性の正体は? 交通事故に遭い、意識不明となった元・引きこもり青年が、ひそかに抱いていた思いとは? 余命短い母親は、娘に何を残そうとしていたのか。人格者だった亡き父の銀行口座から、大金が消えた理由とは? すべてが解き明かされた時、依頼人が死してなお守りたいと願った秘密、そこに隠された切なる思いに、ハッと胸を突かれる。
「削除依頼をするのは、その人のいちばん弱くて柔らかい部分にまつわる記録です。黒歴史を消して回る物語もいいですが、エンターテインメントとして提示するからには一風変わったもの、物語になりうるデータを削除する話にしようと思いました」
依頼されたデータをあっさり削除する圭司と、そこに割り切れない思いを抱く祐太郎。データを前にしたふたりの態度も、対照的で面白い。
「祐太郎が動で、圭司が静。それぞれデータとの向き合い方も違います。ただ、書き進めるうちに動と静を象徴しているのは圭司なのかなと思うようになりました。常に冷静な圭司ですが、あるデータと出会うことで内に秘めた激しさが表に出てきますから。一方、祐太郎は陰と陽を象徴しています。表面上は明るい祐太郎ですが、データに向き合った時、彼の宿す暗さ、陰が物語に浮かび上がってきます。章を追うごとに祐太郎の背景を徐々に描き出すお話だったので、そうなっていきました」
さまざまな生と死を目の当たりにし、そんなふたりの心境も少しずつ変化していく。
「バディものを書く最大の理由はそこですよね。価値観の違うふたりがぶつかり合い、お互い同じものを見ていながらも違った反応が生まれる。相手からの刺激により、それぞれのものの見方が変わっていく。死者の残したデータを見るにあたり、ふたつの極端な視点が必要だと思いましたし、キャラクター小説としての魅力も持たせたかったので、ふたりの関係性には気を使いました」記録と共に生きるからこそ心震わす記憶を大切に
本多さんは、過去にも“生と死”を扱った小説を執筆している。しかし、当時とは死に対する向き合い方も変わったようだ。
「約15年前、病院で掃除のアルバイトをしている大学生が、死にゆく人の願いをひとつずつ叶えていく『MOMENT』という物語を書きました。当時の私は、明らかに“残される者”の立場で書いていました。でも月日を経た今、思い入れがあるのは“死にゆく側”でした。単純に年齢を重ねたからというのもありますが、私を看取ってくれるであろう家族ができたからという理由もあります。つまり、極めて近しい立場に、自分の死後の世界を生きていく人たちがいるんです。『死んでしまえば、その後の世界がどうなろうとかまわない』と、割り切ることができなくなったのだろうと思います」
その一方で、年を重ねるにつれて肉親や友人など、大切な人を失うことも増えていく。“残された側”としては、月日の経過とともに故人の記憶が薄れていくことに、焦燥や寂寥を感じるものだ。かつて大事な存在を亡くした祐太郎が、まさにそう。記憶が色あせていくからこそ、記録にすがらずにいられない。
「残された者には、『亡くなった人を覚えておきたい』という強い欲求があります。その反面、死にゆく側は『覚えていてほしい』と願うと同時に、『自分のことを忘れてほしい』とも思うのではないでしょうか。自分がいなくなった時間の中では、自分という存在が薄れていくのが自然です。そこに生きている人を無理に付き合わせたくないという思いも、確かにあるはずです。最終話『ロスト・メモリーズ』での祐太郎と圭司の会話から、そういった人間の在り方を示したかったんです」
日々増えていく膨大な記録。記憶が記録に浸食される日常の中で、私たちはどのようにデータと向き合うべきだろうか。
「子どもの運動会に行くと、お父さんお母さんが一生懸命ビデオを回したり、写真を撮ったりしています。『撮ってばかりいないでちゃんと見ようよ』と思う反面、撮りたくなる気持ちもわかります。記憶したいがために記録する。でも、『写真も映像も残っているけれど、こんな場面あったっけ?』と記録が記憶を置きざりにするようでは意味がありません。これから先、膨大な記録に囲まれて生きていくうえで、心を震わすもの、胸の中に残ったものの記憶と今まで以上に大事に付き合うべきだろうと思います。しかも、若い頃は心の震えを敏感に察知できますが、30歳を過ぎると鈍感になっていきます。なおさら、心が震える一瞬を自分の中に大切に記憶しようと意識することが、重要ではないでしょうか」
取材・文=野本由起 写真=tsukao
出典:ダヴィンチニュース
『dele ディーリー』
本多孝好 KADOKAWA 1600円(税別)
死後、誰にも見られたくないデータをスマートフォンやパソコンから削除します――。坂上圭司と真柴祐太郎、ふたりの事務所「dele.LIFE」で請け負うのは、死後のデータ削除。遺された記録をたどるうち、依頼人が隠し通した秘密、最期に抱いた思いがひもとかれていく。生と死、記憶と記録をめぐる連作ミステリー。引用元
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