「ゲームを止められない」が今年から病気になる事情
医者には治せないんだけど…
美馬 達哉 プロフィール
「ゲームに夢中になって止められない」ことが今年から病気になる予定だ。病気と名指すことの意味とは? そもそも依存のメカニズムとは? 神経内科医であり医療社会学も専門とする美馬達哉・立命館大学教授が解説する。
「ゲーム障害」が病気になる
2018年に発表される予定の「国際疾病分類第11版(ICD-11)」で、世界保健機関(WHO)は「ゲーム障害」を精神障害の一つとして正式に認める方針だという。
簡単にいえば、デジタル・ゲームやビデオ・ゲームに夢中になって止められない状態、いわゆる「ネトゲ廃人」だ。
国際疾病分類ICDとは、WHOがすべての病気や怪我を分類するために作ったもので、それに基づいて日本でも行政の疾病や死亡の分類が行われる。つまり世界標準で使われる公式の病名リストである。
現在使われているのは1990年に改訂された第10版(ICD-10)であり、ICD-11は28年振りの改訂となる。
大きな改訂が必要とされた最大の理由は1990年代以降にさまざまな新しい、しかも人類全体にとっても重要な病原体や病気が見つかったことだ。
たとえば、健康診断の胃カメラでもチェックされて、発見されれば除菌が勧められる「ピロリ菌」は90年代になって胃がんと関係するとわかった。
また、女優アンジェリーナ・ジョリーの予防的乳腺切除でよく知られる通り、乳がんでは遺伝子の研究が進んで新しい分類が必要となってきている。
ゲーム障害も含めて精神科でも新しい病気の考え方や分類がでてきている。
では、ゲームに熱中することがなぜ病気とみなされなければならないのだろうか?
社会で起きるさまざまなできごとが、病気のせいとされて、医学・医療の問題とされることを、社会学では「医療化」と呼ぶ。
ゲーム障害はどう診断されるか
精神障害の一つとしてのゲーム障害は、細かい診断基準は未定であるものの、次の三つが12ヶ月以上そろっていて、個人・家族・社会・学業・仕事そのほかの重要な活動に支障がでているとき診断される、という。
この項目だけ見ると「重要な活動に支障」をどう考えるかにもよるが、身の回りのかなりの人数が当てはまりそうだ。
WHOによれば、ゲーム障害を精神障害に含めることによって、ゲームに夢中になって社会生活が破綻することを予防したり、カウンセリングなどの治療につなげたりできる、という。
韓国では過去にネットカフェ(韓国では「PC房」)でオンラインゲームを86時間連続でプレーして、エコノミークラス症候群になり、血栓症で死亡したという話もある(2002年10月8日)。
まるで依存症のようにある種の行動に熱中しすぎてしまい生活が破綻するという点では、ICD-10ですでに精神障害の一つに含まれていた「病的賭博(ギャンブル障害)」 (いわゆるギャンブル依存症)1の親戚のような概念と考えても不正確ではない。
1 アメリカ精神医学会によれば、ギャンプル障害は、1. 興奮を得るため掛け金の額を増やす、2. 賭博を止めると落ち着かなくなる、3. 賭博を制限する努力を繰り返し、成功しない、4. 賭博を絶えず考えている、5. 苦痛の気分のときに賭博をすることが多い、6. 賭博で失った金を深追いする、7. 賭博を隠すため嘘をつく、8. 賭博のために、重要な人間関係、仕事、教育、または職業上の機会を危険にさらしたり失ったりしたことがある、9. 賭博のため他人に金をせびる、のうち4症状を12ヶ月以内に示した場合、と定義されている。
薬物依存とプロセス・行動依存
じっさい、現在の精神医学では、ギャンブルやゲームへの過度な熱中はたんなる自制力の欠如や衝動性がコントロールできない状態には留まらない特殊で病的な状態と考えられている。
それらは、アルコール症のような依存(嗜癖)の一種であって、ギャンブルやゲームという行動やプロセスに悪循環的に引き込まれて逃れられなくなっている状態だというのだ。
言い換えれば、依存症という大きなくくりの中に、アルコールや麻薬やタバコ(ニコチン)などの物質に対する依存(嗜癖)とギャンブルやゲームのような行動やプロセスに対する非物質的な依存の2種類があるとされている。
物質に対する依存症はよく知られているとおりのものだ。
いっぽう、「非物質的な依存」という言葉は聞き慣れないかもしれない。そうした依存には、ギャンブルやゲームなどの行動パターンだけではなく特定の人間関係にのめり込む依存(「共依存」と呼ばれる)も含まれる場合もある。
共依存とは、たとえば、アルコール症やドメスティックバイオレンスの男性を見捨てることができずに献身的に支えるパートナー女性といった状態だ(いわゆる「だめんず」)。
また、買い物依存症、セックス依存症なども非物質的な依存の一種と思われているが、正式に病気として認定されてはいない。
そもそも依存はなぜ起きるのか
もともと依存とか嗜癖は、アヘンなどの麻薬となる物質そのものの持つ特徴と考えられていた。
それらは、その物質を手に入れたい強い欲求を人間に引き起こす性質(心理的依存)、その物質を増量していかないと効果がなくなる性質(耐性獲得)、その物質をやめると禁断症状が起きる性質(離脱症候群)という三つの性質だ。
これは、いまでも○○依存症や○○中毒というときに、みなさんも思い浮かべるイメージだろう。だが、これは現在の考え方からすると間違いだ。
耐性獲得と離脱症候群はまとめて生理的依存と呼ばれるが、それ無しでも重度の依存症になり得ることが知られている。
たとえば、強力な麻薬として知られるコカインの場合、生理的依存の性質はなく、強い心理的依存だけがあるという。
では、心理的依存はどのようにして生じるのか。
現在の脳科学では、心理的依存はじつは「学習」と同じメカニズムから生まれると考えられている。
それは、強化学習と呼ばれるタイプの学習である。「関ヶ原の合戦は1600年」のように知識を記憶する学習ではなく、報酬(動物ならエサ、人間ならお金や賞賛など)を獲得するために、試行錯誤でベストなやり方を探究することを意味している。
勝ったり負けたりを繰り返している間に、ゲームが強くなっていく「学習」が典型的だろう。ちなみに、これはAI(人工知能)での学習と同じ仕組みである。
コンピュータにはエサはないが、デジタル的な点数を報酬としてPCに与えてやり、点数を高めることを目指して「学習」する。
お金や賞賛が得られる快感を判断する仕組みは、人間の脳内で報酬回路と呼ばれている。そこには、脳内物質の一種ドパミンが関わっていることまで分かっている。
そして、物質・非物質(ゲーム、ギャンブル、人間関係など)を問わず、依存とは人間の快感をつかさどる脳内の報酬回路が暴走して、一つのことだけを繰り返すようになり、理性的思考ではコントロールできなくなった状態として共通しているというのだ。
いいかえれば、依存や嗜癖は、物質そのものの性質によって引き起こされるというよりは、人間の脳内回路のクセによって引き起こされるわけだ。
ゲームと脳内回路というと、ゼロ年代にニセ科学として論争となって完全否定された「ゲーム脳」を思い出す人がいるかもしれないが、依存症と報酬回路の関連説はまったくの別物で、神経科学や精神医学で広く受け入れられている。
〔PHOTO〕iStock
医療化は対策として役立つのか
問題は主として人間の脳内回路にあるにもかかわらず、依存症への対策というと物質やゲームやギャンブルへの「規制」が大きく取り上げられる。
しかし、こうした事情から、何が規制されるかという点は、社会的価値観に大きく影響されて恣意的になってしまう。
たとえば、依存症を起こしやすい物質の内で、依存症の成りやすさや健康への有害度では最悪といわれているのはアルコールだが、これは食品の一種と見なされている。
また、日本では厳しく法的に規制されている大麻は、オランダやアメリカのカリフォルニア州では合法的に娯楽に用いることが許されている。
ゲーム障害になるリスクがあっても、ゲームそのものを規制するのは現実的ではないだろう。
ゲーム機やソフトの業界団体エンターテインメント・ソフトウェア協会(ESA)はスポーツの熱狂的ファンが病気でないのと同じでゲームのファンを病気にすべきではないと反対意見を述べている(2018年1月4日)。
では、対策として「病気と名指すこと(医療化)」は役立つのだろうか。答えはイエスでもノーでもある。
本人たちにとって、「ネトゲ廃人」よりは「ゲーム障害」のほうが非難されている感じは少なく、罪悪感のハードルが下がって、周囲の人たちに相談したり支援を求めたりできやすくなるだろう。
ただし、病気だから医師や専門家にかかることがプラスかといえば、依存症は一般的にそうでもないと分かっている。
専門家ではなく、同じような苦しい経験をした仲間(ピア)のサポートのほうが有効なのだ。たとえば、アルコール症であれば、断酒会やアルコホーリクス・アノニマス、薬物依存であればダルクなどである。
ゲームへの熱中が、医師には治せないにもかかわらず「病気」にされる現象は、過度なものやとんがった性質を恐れる横並び社会としての現代を映し出しているように見える。
引用元
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54464
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