「子は親の鏡」という言葉があります。実際、子どもは小さい頃はそれほど自分に似てないような気がしても、成長するにつれ、いつの間に自分そっくりになっていたりします。また、自分が子供だった頃の写真を見返して、今の自分の子供とそっくりのものを見つけて驚かれることもあるでしょう。
ではなぜ、子供は親に似ているのかと問えば、それは、両親の遺伝子を子供が受け継いでいるから。子供の遺伝子(DNA)の半分は母親から、残りの半分は父親から受け継ぎます。遺伝子は体の設計図。その遺伝情報によっては、時に何らかの病気の原因になる可能性もあります。遺伝的要因は心の病気でも、重要な発症要因のひとつです。
ここでは、心の病気の遺伝的側面を詳しく解説いたします。
■遺伝情報が近いほど、引き継ぐ可能性が高くなる遺伝的要因
心の病気は、一般に生物学的、社会環境的、そして心理的要因などの複数の要因が、ネガティブな方向に相互作用した結果として発症します。遺伝的要因は生物学的要因として最重要。心の病気は中枢神経系の何らかの不調を反映したものです。遺伝子は人体の設計図であり、中枢神経系の構造も遺伝子に記された遺伝情報に基づいています。
もしも、遺伝子の一部に通常とは異なる何らかの変異があれば、それはその人の個性と見ることもできますが、場合によっては、心の病気の発症と関連深いものもあります。例えば、脳内神経伝達物質の機能に何らかの支障を及ぼす可能性がある変異ならば、心の病気のリスクを高める要素になります。
実際に、心の病気は一般に、家族の誰かが発症した場合、その人の親族、言い換えれば、その人に遺伝情報が近い人ほど、同じ心の病気のリスクが高くなる傾向があります。
■親の統合失調症が子に遺伝する確率は何%?
例として、統合失調症など、発症率が1%前後の心の病気の遺伝的リスクを考えてみましょう。仮に、ある男性が20代後半で、統合失調症を発症したとして、その男性に何らかの遺伝的リスクがあったとします。ここで、ご留意いただきたいことは、心の病気は脳内に生じている不調のメカニズムに対して診断されているわけでなく、基本的には精神症状を分析することで診断されるということです。したがって、脳内に生じている不調のメカニズム自体は別々でも、現われている精神症状が、その病気と診断できるものであれば、その病気であると診断されます。
そこで、ここでは仮に、その男性の遺伝的要因が、それがもたらす脳内の不調のため、発症リスクが通常より10倍高まると仮定しましょう。通常の発症率は1%ですので、それが10倍になれば、発症率は10%です。次に、その男性に、親兄弟、従妹などを含めて、血縁者が20名いたとします。通常ならば、この20名のなかで、その病気を発症する人はいないでしょうが、仮に、この20名がみな、その男性の遺伝的要因を持っていたとすれば、その20名の中で、この男性と同じ病気を発症する人は20名の1割なので、2名程度と考えられます。
■具体例として……統合失調症とアルツハイマー型認知症
心の病気は一般に、何らかの遺伝的要因があるものです。具体例として、統合失調症とアルツハイマー型認知症の遺伝的要因について解説しましょう。
統合失調症の発症率は人口の約1%ですが、場合によっては、ある患者さんの近親者の間で、発症率がかなり高くなっている場合があります。そうした場合、一般に、その近親者の遺伝子情報を分析することで、その近親者の遺伝的リスクがわかる可能性もあります。
統合失調症では幻聴は代表的な症状のひとつですが、幻聴は、聴覚を刺激する音が、実際の音なのか否かを区別しにくくなった結果だと考えられます。それに関連する遺伝子に何らかの変異があることが、統合失調症の発症率が通常より高い血縁者のグループで、遺伝子を解析した結果、わかったという研究報告もあります。
次に、アルツハイマー型認知症の遺伝的要因について述べます。人は年輪を重ねるにつれ、20代の頃と比べると知的活動が徐々に相対的に低下していくものですが、アルツハイマー型認知症では、その特徴的な脳内の病理学的病変のために、認知能力が病的に低下します。アルツハイマー型認知症では、その1割近くに、はっきりと遺伝的要因が認められています。関連する遺伝子もわかっています。例えば、ある染色体に起きたある変異は、50代での発症に関わり、また、ある変異は60歳前後での発症に関わるといった具合に、遺伝子の解明が進んでいます。
ここで、ぜひご留意していただきたいことは、遺伝的要因は心の病気の数ある要因のひとつということです。全く同じ遺伝子を持つ一卵性双生児の場合でも、一方が心の病気を発症したからといって、もう一人も必ず同じ病気を発症するとは限りません。例えば、統合失調症の場合、一卵性双生児のリスクは約5割で、通常の50倍です。しかし、発症しない確率も5割あります。実際に発症するかどうかは、環境的、心理的要因など、他の要因によって決まると見ることもできます。
■リスクが高い場合は、認識することが予防の第一歩!
ちょっと大げさな表現ですが、心の病気という敵に勝つには、まず己を知ることが肝要! もしも近親者に心の病気を発症した人が多く、遺伝的要因がある可能性が考えられる場合、それをしっかり認識しておきたいところです。
例えば仮に、自分の母親にうつ病の既往があったとします。何らかの心理的なショックがきっかけだとはっきりしている場合でも、通常は、遺伝的、社会環境的要因なども、発症に寄与しているもの。自分にも、うつ病の遺伝的要因がある可能性自体は認識しておきたいところです。
もっとも遺伝的要因を取り除くべく、自分の遺伝子を変えることなどできませんので、他の対処できる要因に関して、普段からしっかり意識して対処したいものです。例えば、うつ病のきっかけになりやすいストレスに対しては、自分がこれまで試してきたストレス対策法に、工夫できる面があるかもしれません。さらに、何らかの人生の逆境時に、心の支えとなるような人間関係が作れれば理想的です。
また、アルツハイマー型認知症における、欧米での修道院の尼僧に対する調査結果では、アルツハイマー型認知症で必ず見られる病理学的所見があった場合でも、必ずしもアルツハイマー型認知症を発症するとは限らないものの、脳梗塞など脳血管障害の既往があると、認知症の発症が顕著に高くなるということがわかっています。また、20代の頃、作文能力の高かった尼僧は、アルツハイマー型認知症の発症率が低いことも報告されています。俗にいう、「頭を普段から使うことが認知症の予防になる」ことを裏付けているようです。
これを私たちが暮らす現代社会に適用すれば、普段、メールでコミュニケーションを取る際、文体のしっかりした、いわゆる国語力の高いメッセージを送っている20代の女性と、絵文字に単語が少し混じっただけの、国語力がちょっと疑問に思われそうな同年代の女性とでは、40年後のアルツハイマー型認知症のリスクに違いが出る……ということもありえるかもしれません(40年後には、アルツハイマー型認知症の画期的な治療薬が存在している可能性にも期待したいところですが……)。
いずれにしても、まずは自分自身が持っている可能性がある遺伝的要因を把握したうえで、できるところから対策をしていくことが大切です。
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