個人よりも集団が重んじられるとしてしばしば紹介される日本の社会。集団から外れることに対する恐怖感というのは、どちらかと言えば個人が先に立つ中国の人にはいささか理解しがたいかもしれない。中国メディア・光明網は14日、日本人は「社交恐怖症」であるとする文章を掲載した。

文章は、日本では社会的なステータスあまりにも重視されているために、現代を生きる日本の多くの若者が「社交恐怖症」を患っていると紹介。自分の放った一言やアクションが、他人の社交上の基準から外れ、これにより孤立させられてしまうことを恐れているとした。

それゆえ「彼らは他人と友人となる際に何を言うべきか、ご飯に誘われたら行くべきか、お金を払うべきか、さらにはご飯の後で家に帰るべきか『2次会』に誘うべきかが分からない」と説明し、「こうして見ると日本人は生きるのに相当疲れるようだ。ゆえに家から出ない『オタク族』を生み出したのだ」と伝えた。

そして、日常生活においてあまりにも多い社交的挫折を味わった「オタク族」が、ネガティブな社交ワードを数多く身に着け、ネット上でネガティブなパワーを発揮すると解説。知力の限りを尽くして人類の悪い部分を掘り起こし、ほんの些細なことでも「社会に存在すべきでない人間」、「国や人類の恥」などといった言葉を用いて批判を展開するのであると論じた。

「オタク族」が悪の権化のような論調になっていることには賛同しかねるが、確かに日本の世の中で集団や社会の反応を気にすることなく個性を貫き通すというのはかなり難しく、並々ならぬ勇気がいることのように思える。人付き合いが苦手な人が増えているというのは、そもそも人付き合いをするのが決して楽ではない社会環境だから、という要因もあるかもしれない。「社交恐怖症」を減らすため、個人だけではなく社会も努力をする必要がありそうだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)
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