アスペルガーに悩む
NHK「あさイチ」でもたびたび取り上げられ、認知度が上がり始めたアスペルガー症候群。他人とのコミュニケーションに問題があったり、独特な理論やこだわりを持っていたりすることから、「ちょっと変わっている人」と思われることも多い、発達障害の一種である。
一見すると障害があるように見えないので一般社会に溶け込んでいる人が多いが、アスペルガー症候群の症状が出ることで仕事をうまくこなせなかったり、職場の人間関係をうまく築けなかったりして転職を繰り返してしまう人もいる。どうすればアスペルガー症候群でも社会人としてうまくやっていけるのだろうか。
アスペルガー症候群は凹凸障害
自身もアスペルガー症候群であり、発達障害カウンセラーの吉濱ツトム氏は「そもそも、アスペルガー症候群は『凸凹障害』であることはあまり知られていません。適応できる環境とそうでない環境の差が激しいんです」と指摘する。
重度のアスペルガー症候群の人は経理をやりながら電話対応をして、一般事務もして、といった同時並行の業務が苦手だが、異常なほど数字に強かったり、普通の人ならすぐに飽きて音を上げてしまう単純作業を延々とやっていられたりする才能があるという。つまり、アスペルガー症候群だからこそ務まる仕事がある。
「日本の企業は終身雇用が前提なので、マルチタスクをこなすゼネラリストにならなければなりません。すべての業務において平均を求められるんです。でも、重度のアスペルガーだとすべてを1度にこなすことが厳しいうえ、できる業務とできない業務とに極端に差が出る。
発達障害の度合いにもよりますが、通常の企業だと苦労してしまうので、ゼネラリストではなくスペシャリストの職種を選ぶとか、専門学校で専門的な分野を学んで専門職として働く、あるいは博打的に自営をしてみるのもアリです。また、長期的に務めることを目標とするのではなく、勉強する意味で3〜5年とりあえず企業で働いてから自分の適職を探す、という手もあります」(吉濱氏)
ちなみに、テンプル・グランディン ケイト・ダフィー両氏によるとアスペルガー症候群に向いているスペシャリストの仕事としては、建築・工学製図技術者、工芸家、グラフィックアーティスト、ウェブデザイナー、自動車整備士、生物学教師、コンピュータプログラマー、エンジニア、物理学者、音楽家、数学教師、科学研究者、ジャーナリスト、翻訳家、会計士、司書、コピーライター・エディター、簿記・記録管理担当者などが挙げられるそうだ。
短期記憶が苦手なのでワーキングメモリーを鍛える
自分に向いている仕事を選ぶことと同時に、アスペルガー症候群の症状を改善する取り組みを徹底的に行う必要もあると吉濱氏。
「アスペルガーは長期記憶が得意ですが、短期記憶は破綻している人が多いです。コーヒーを淹(い)れるためにヤカンを火にかけ、お湯が沸くまでの間に洗濯物を畳んでおこうとしたら、ヤカンを火にかけていたことを忘れてしまうといったような感じです。
仕事で例えると、部下や別の部署の人に『この仕事はAのやり方でお願いします』と伝えたとしても、その後自分の中で『やはりこの仕事はBのやり方だな』と思ったとすると、先ほどAのやり方でお願いしますと伝えたことを忘れ、Bのやり方でお願いしたと記憶の改ざんが起こることも。
そうすると、部下や他部署の人がAのやり方で仕上げた仕事に対し『Bと言ったのになぜAでやってきた?』とトラブルにつながってしまいます。これは、単純に頭が悪いとかやる気の問題ではないので、ワーキングメモリー(情報を記憶する作業)を鍛えれば改善します」
吉濱氏が推奨するワーキングメモリーの具体的な鍛え方としては大きく3つある。1つ目は「2つ戻りしりとり」。通常のしりとりは、リンゴ→ゴリラ→ラッパ→パイナップル……と続いていくが、2つ戻りしりとりは、リンゴ→ゴリラ→、りんご→ゴリラ→ラッパ、ゴリラ→ラッパ→パイナップル、ラッパ→パイナップル→ルビー……といったふうに、必ず2つ前の単語を言ってから新しい単語を言うようにする。そうすると、短期記憶の力が鍛えられる。
2つ目は、4ケタの数字をひたすら2ケタの数字で引き続けること。たとえば、4923をひたすら17で引いていく。これは前の数字を覚えておかないと難しい。
3つ目は、誰かに文章を1文読んでもらうなり、YouTubeなどで動画を流して途中で止めるなりして、5〜10秒後(その間は別の作業や思考を行なう)に同じ文章を復唱すること。最初の文章を自分で読んでしまうと記憶してしまって意味がないので、必ず誰かに読んでもらうか、再生や停止が可能なデバイスを使って行う。
「アスペルガーなのでできません」はダメ
さらに、ワンステップ上の訓練として、ワーキングメモリーの練習をしながらお手玉や料理などをやると、同時並行の機能が鍛えられるという。これは普通の人でも難しいように感じるが、吉濱氏はこのくらいの訓練が必要だと語る。
「アスペルガーは仕事のマニュアルがないとパニックになってしまい、優先順位もわからなくなってしまいます。でも、同時並行の世界の中で生きないといけないのなら、このときはこれをやる、とルール化して取り組んでいかないといけません。
いちばんいけないのは『私、アスペだからできません』と開き直ることです。確かに、どんなに頑張ってもできない面が出てくるのは事実なのですが、それを初めから仕方ないんですと言っちゃうと、その人もいじめに遭うし、周りもイライラしちゃうし、アスペルガーの社会的な印象も下がってしまいます。
だから、『アスペルガーだから苦手な分野もあるけど、一生懸命訓練して克服しようとしています。すみませんが、少しお待ちを』と言えば評価は上がります」
ワーキングメモリーの訓練のほか、ストレスマネジメントやメタ認知(自分を客観的に見る訓練)、代謝を上げるための有酸素運動も効果的だという。発達障害ではない定型発達の人と比べると、生きづらさを努力でカバーしないといけないため、大変なことが多そうだが、これからの日本はアスペルガーの人は生きやすくなると吉濱氏は指摘する。
「先ほども言ったように、発達障害の場合はスペシャリストが多い。ある程度技術が発達すると、無駄が大事なことになってきます。スペシャリストはこれまでは仕事としては必要なかったことを仕事にできるんです。
たとえば、本来服は外界の刺激から身を守るために着るものですが、実用性がある程度まで達するとデザインを求められます。そうすると、デザイナーという職が生まれますよね。また、アスペルガーは鉄道やゲームなど、自分が興味のあることにおいてはとことん詳しいです。技術が発達すると、そのエンターテインメントを生かせる社会インフラがより整っていきます。しかも、障害者雇用枠で守られやすいというメリットもあります」
発達障害・アスペルガー症候群は生きづらさの点ばかりがフォーカスされるが、明るい未来が待っている可能性もある。今、アスペルガー症候群の症状のため仕事や社会生活に支障を来して悩んでいる人も、訓練と同時にアスペルガーのとらえ方を変えると、きゅっと締められていた生きづらさの圧が少し緩まるのではないだろうか。
引用元
自身もアスペルガー症候群であり、発達障害カウンセラーの吉濱ツトム氏は「そもそも、アスペルガー症候群は『凸凹障害』であることはあまり知られていません。適応できる環境とそうでない環境の差が激しいんです」…■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
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