借金を重ね、社会的地位を失っても、ギャンブルをやめることができないのが「ギャンブル依存症」だ。厚生労働省の調査によれば、男性のおよそ9人に1人は依存症の傾向があるとされており、深刻な問題となっている。2016年12月にはカジノ法案が成立したが、ギャンブルに触れる機会が増えるようになることで、依存症患者がさらに増加する危険性も指摘されている。ギャンブル依存症とは何なのか、どのような対策をとるべきなのか。専門家に話を伺った。(取材・文/岡本実希、編集協力/プレスラボ)
昨年末、福岡県飯塚市の斉藤守史元市長らが平日昼間から賭け麻雀を行っていたことが発覚。今年1月末に飯塚市長を辞職した。疑惑を向けられた当初、「金をかけなければ麻雀人口が減る」と自己弁護したことも批判を浴びた。このように、ギャンブルによって自らの社会的な評判や地位を失うことは決して珍しいことではない。
※写真はイメージです 国立病院機構久里浜医療センター・樋口進氏を代表とする厚生労働省の研究班が2014年に行った調査によると、ギャンブルをやめることができず日常生活に支障を及ぼしている依存症の患者は、日本全国で536万人にも及ぶという。特に男性では全体の8.7%にものぼり、およそ9人に1人は依存症の傾向があるという驚きの結果も発表された。
ギャンブル依存症には適切な治療が必要だ。しかし、「やめられないのは意思が弱いから」というように性格の問題として片付けられてしまいがちであることから治療が遅れ、症状が悪化する原因のひとつとなっている。正しいギャンブル依存症への理解を広め、対策を整えていくことが患者の増加を食い止める一歩になることは間違いない。
そこで、ギャンブル依存症の原因や治療の方法、そして行うべき対策を知るべく、ギャンブル依存症の患者の治療やブログでの情報発信を行う医療法人社団榎本会榎本クリニック・山下悠毅院長にお話を伺った。
親の年金を使い切り
生活保護を余儀なくされるケースも――ギャンブルが好きな人はたくさんいると思いますが、依存症かどうかはどのように判断するのでしょうか。
山下 判断する条件は、大きく分けて以下の3つです。
(1)1日中ギャンブルのことばかり考えてしまう
(2)「やらないほうがいい」と自分で分かっている
(3)自分の力で止めることができないこれらの条件が満たされていると、病気だと判断して治療に移ることが多いですね。ただ、医学的に明確な診断基準がないことから、最終的には本人や周囲の人が困っており、治療を望んでいるかどうかに基づいて治療を開始します。
――ギャンブル依存症について、今までご覧になってきた患者ではどのようなケースがありましたか。
山下 自分の貯金を使いきってしまうのはもちろんのこと、家族が借金を数百万円工面した後も続けている方が大多数です。中には、親の年金にまで手を出してしまう方もいます。私が経験した最も深刻なケースだと、両親の積み立てた保険を解約し、土地の権利書もこっそりと売ってしまった方を診察したことがあります。結局その方は、本人の治療はもちろんのこと、ご両親の生活保護の書類も私が書きました。
ギャンブル依存症
やめられなくなるメカニズムとは――「やめられないのは意思が弱いからだ」という意見を言う人もいます。
山下悠毅(やました・ゆうき)
帝京大学医学部卒業。東横恵愛病院医局員、たわらクリニック院長を経て、平成28年8月より榎本クリニック院長。日本精神神経学会認定精神科専門医 精神保健指定医 日本医師会認定産業医
ブログ:プラセボのレシピ山下 ギャンブル依存症は「意思の弱さ」といった性格が原因なのではなく、治療が必要なれっきとした「心の病」です。こういった間違ったイメージをなくしていくためにも、ギャンブル依存症についての正しい理解が広がることが必要だと考えています。
まず、「依存症とは何か」について説明しますね。ギャンブル依存症は、大麻や覚せい剤などが原因の「物質依存症」とは異なり、「行為依存症」と呼ばれています。「私たちは、「のるか、そるか」といった、まさしくギャンブル状態におかれると、興奮してドキドキしますが、そのドキドキがやみつきになって該当行為をやめられなくなることを指します。ちなみに、万引きや盗撮が止められない方も、この「行為依存症」です。そのため、私は「行為依存症」を「ドキドキ依存症」とも呼んでいます。
――ドキドキしているとき、体内ではどのような変化が起こっているのでしょうか。
山下 人間の頭のなかを簡単に表現すると、「本能」と「理性」に分けることができます。本能は、大脳辺縁系という部分で、好き嫌いを決める偏桃体や、記憶に関わる海馬などからなっています。これは全動物に備わっていて「エサを食べたい、異性に接近したい」といった欲動のアクセルです。
一方、理性を司っているのが前頭前野です。これは、人間が最も発達しており、「おいしそうだけど、今はお腹いっぱいだから後にしよう、異性に対していきなり抱きつかずにまずはデートに誘おう」というように、欲動に対してブレーキをかける機能を持っています。
そして、依存症患者は、この脳の「本能」を司る大脳辺縁系の周囲に「依存の回路」が後天的にできてしまっているのです。
ギャンブル依存症患者も、普段は「理性」を司る前頭前野のブレーキがきちんと働いているのですが、パチンコ店や競馬場の前を通りかかった瞬間、過去の記憶や快感が呼び起こされ、大脳辺縁系周囲の回路が強く活性化します。その結果、回路に多くの血液が集まり、前頭前野の血液量が少なくなる(※)ことでブレーキ機能が停止状態となり、アクセルが暴走してしまうのです。
※人は、アルコールを摂取すると前頭前野の血流が低下し、ブレーキ機能が低下することが証明されています。そのため、アルコールを摂取すると暴言を吐いたり、セクハラをしたりといった不適切な行為が多くなる傾向にあります。ギャンブル依存症では上記のような血流の動きはまだ完全には証明されていませんが、アルコール摂取時と同じようなメカニズムが脳内で起こっている、と山下さんは言います。
ビギナーズラックや大当たりが
依存症を加速させる――依存症になる人とそうでない人がいるのはなぜでしょうか。
山下 暇であったり、趣味や専念できるものがない、なんて方は危険ですが、それ以上に重要な要素が「ビギナーズラック」です。誰だって、初めてギャンブルをした時に、一度も当たることなく大金をすってしまったら、「二度と行くもんか」と思いますよね。しかし、偶然にも初めて行った時に大きく勝つ人がいる。そうすると、ドーパミンが大量に分泌され、大脳辺縁系に依存の回路ができるのです。私も、パチンコは友人に誘われ、行ったことはあるのですが、もしそこでビギナーズラックを経験したならば、依存症になっていた可能性があると思います。
――パチンコや競馬、宝くじなど様々なギャンブルがありますが、特に注意が必要なものはありますか。
山下 運だけが大きくものをいう宝くじで、サラ金からお金を借りてまで依存してしまう人は皆無です。一方、素人が偶然、羽生善治さんに将棋で勝ったとしても、勉強を非常に要する将棋の依存症になることもありません。
つまり、大切なのは、この「運」と「勉強(工夫)」の組み合わせなのです。パチンコや競馬は、雑誌を読んで機種や馬の研究をするなど一定の工夫のしがいがあり、かつ運も必要になってきます。これが、ギャンブルが面白くなる絶対的要素で、依存の回路が強化されている条件なのです。また、「自分は努力している」という自己肯定感や「自分は選ばれている」といった選民意識もそれを後押ししていると思います。
「欲動のアクセル」を抑え
「理性」のブレーキをかけること――では、ギャンブル依存症はどのように治療を行えばいいのでしょうか。
山下 よく、クリニックにいらっしゃった患者のご家族の方が「もうやらないように反省文を書かせました」「もうしませんと誓わせました」とおっしゃるのですが、これは全くといっていいほど意味がありません。先ほども説明したように、依存症患者はギャンブルを目の前にすると、理性である前頭前野のブレーキが壊れた状態になってしまうからです。いくら理性の部分で反省や誓約をしたところで無意味なのです。
そこでまず今すぐにとりかかれることとしては「できてしまった依存の回路が回らない、つまり前頭前野のブレーキが壊れない環境をつくる」ことです。当たり前ですが、ギャンブルはお金を持っていないとできませんから、家族にお金を管理してもらい自由に使えないようにすれば、ブレーキがきちんと機能し続けるのです。
お金のようにギャンブルをしてしまうきっかけになるものは、ほかにも数多くありますが、私はこれらをまとめて「THE・TPO」と呼んでいます。以下のような要素をできるだけ生活のなかから排除することが依存の回路を回さない環境づくりのためには重要です。
T:ツール(道具)打つためのお金、お店に行くための車など
H:ヒューマン(人)一緒に行く人、パチンコの雑誌を見せてくる人など
E:エモーション(感情)職場や家庭でのストレス、孤独感や寂しさなどT:タイム(時間帯)ノー残業デーの帰り道、休日の空いた時間など
P:プレイス(場所)お店がある場所、ギャンブルの雑誌がある場所
O:オケーション(状況設定)上記のT・H・E・T・Pの組み合わせこれらを徹底的に、できうる範囲内で日常から排除、解決していくのです。
例えば、日曜日の暇な時間帯(T:タイム)にギャンブルをやってしまう傾向がある人は、その時間にジムに行く習慣をつけてパチンコができないようにするといった対策が考えられます。また、パチンコ店が通勤ルートにあり(P:プレイス)目に入るとやりたくなってしまうという人は、通勤ルートを変えてその道を避けるという対策をとることができるでしょう。
もうひとつ重要なのは、「自分でもう一つブレーキを作る」ということです。これを私は「二次ブレーキ」と名づけていますが、前頭前野が機能停止をしても大丈夫なようにしておくのです。
簡単に言うと、いつもパチンコ店の前を迂回して通勤している人が、偶然出張などでパチンコ店を見つけてしまったら、「あっ、と思ったその瞬間に、180度後ろを向いてその場を離れられるようダッシュする」とあらかじめ決めておくのです。こうすることで、欲動のアクセルが暴走してしまうその前に、問題行動を防ぐことができるのです。
私の行う治療では、実際にパチンコ店を見つけてしまったと仮定して、ダッシュするロールプレイングも行っています。何度も練習することで、この二次ブレーキのかけかたを覚えこませることが大切です。
カジノ法案が成立
ギャンブル依存症は増加する?――2016年12月にはカジノ法案が成立しました。今後ギャンブル依存症患者が増える可能性も指摘されていますが、どのような対策をとっていけばよいでしょうか。
山下 現状、日本にはパチンコ店や競馬場が数多く存在しており、既に日常生活のなかにギャンブルが浸透しています。ですから、新しくカジノができたことでギャンブル依存症患者が急増するとは思いません。
例えば、オリンピックに向けて都内にたくさん日本酒のバーができたところで、コンビニでビールが買える日本において、アルコール依存症の患者が増えないであろうことと同様です。
ただ、世界各国ではカジノを設置する際に、ギャンブル依存症患者が増えないように法律が定められるなど様々な対策がとられています。
例えば、韓国では入場回数が多い顧客に対してカウンセリングが定められており、依存症が深刻になる前に治療を始められるようになっています。また、韓国やマカオ、シンガポールでは、依存症やそのリスクが高い利用者は本人もしくは家族・行政がカジノ施設への入場を規制することができるようになっています。
日本でもこうした各国の対策を参考にして、依存症患者の治療制度を整備していく必要はあると思います。
引用元
借金を重ね、社会的地位を失っても、ギャンブルをやめることができないのが「ギャンブル依存症」だ。ギャンブル依存症とは何なのか、どのような対策をとるべきなのか。専門家に話を伺った。
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