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ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニア(John Forbes Nash, Jr
. 1928年6月13日 – 2015年5月23日[1])は、アメリカ人の数学者。専門分野は微分幾何学でありリーマン多様体の研究に関して大きな功績を残している。なお、彼の証明したナッシュ均衡が非常に有名であるため、ゲーム理論がナッシュのライフワークと思われていることもあるが、ナッシュがゲーム理論の研究に従事していたのは博士課程在学中とその後のわずか数年間だけである。1994年にゲーム理論の経済学への応用に関する貢献によりラインハルト・ゼルテン、ジョン・ハーサニと共にノーベル経済学賞を、2015年に非線形偏微分方程式論とその幾何解析への応用に関する貢献によりルイス・ニーレンバーグと共にアーベル賞を受賞した。
ハリウッド映画『ビューティフル・マインド』は、彼の天才数学者としての偉業と成功、及び後の統合失調症に苦しむ人生を描いた作品であり、この面でも世間での彼の知名度は高い。
ナッシュの精神障害
最初は偏執病の形となって表れ、後に彼の妻はそれを常軌を逸した振る舞いであったと記している。 ナッシュは、赤いネクタイをした男はすべて、彼を共産主義的陰謀に巻き込もうとしている者と信じていた。
ナッシュはワシントンDCの大使館に対して手紙を書き、共産主義者らが政府を設立しようとしていると訴えた[9][10]。ナッシュの精神問題が彼の職業人生に影響を及ぼしたのは、1959年のコロンビア大学におけるアメリカ数学会の講義においてであった。それはリーマン予想の証明に関するものであったが、講義の内容は理解不能なものになっていた。この講義にて聴講者らは、彼は何かがおかしいとすぐに理解した。[11]。
1959年4月、彼はマクリーン病院に入院し、5月までの入院となり、そこで彼はパラノイド型統合失調症(paranoid schizophrenia)と診断された。これは精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)によれば、「この障害を患っている人は、一般的に通常は安定してることが多く、時折パラノイド、白黒はっきりとした固定信条を持っており、想像力が過多もしくは非現実的。そして通常は、現実には存在していない何かを視覚的に捉えている」と記載されている。徴候としては、聴覚障害、視覚障害、生活意欲の欠如、軽度のうつ病などがある[12][13]
1961年、彼はニュージャージー州立トレントン病院に入院した[14]。彼は9年以上を精神病院で過ごし、そこで抗精神病薬とインスリン・ショック療法を受けた[13][15][16]。
ナッシュは薬物療法を受けていたが、それにもかからわずプレッシャーを受けていたと後に記している。1970年以降、彼は病院に通院しなくなり、また治療を受けることも拒否した。ナッシュによれば、映画「ビューティフル・マインド」では新種の非定型抗精神病薬を取っていたとされているが、それは不正確だとしている。ナッシュはこの障害を持っている人々が、映画によって服薬を中断することのないようにと、映画のシナリオライターに対し配慮を求めたとしている。[17]。
ナッシュは、抗精神病薬を過大評価しており、また誰かが精神障害と判断されると、その副作用を十分に考慮されていないと感じていた[18][19][20]。 映画の元となった書籍「ビューティフル・マインド」の著者であるシルヴィア・ネイサーによれば、ナッシュは時間をかけて徐々に回復したという。
ナッシュの元妻であるアリシアによれば、彼の共産主義者と働いているという話は、奇天烈なところとして受け入れていたという。アリシアはナッシュに「静かな生活を送る上での問題です」と話していた[9]。
ナッシュは、精神的不調が始まったのは1959年の序盤で、彼の妻が妊娠していた時であるとしている。彼はその過程を、「科学的な合理的思考から、精神医学的に『統合失調症』や『パラノイド統合失調症』とされるような人々の特性の妄想的思考へと変化していった」と記している[21]。
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